
閉鎖都市 巴里について
「女性主人公/ダブルヒロイン」、「金髪(ダブル)」、「ロボット」、「書簡体小説」私の好きな物が全部詰まっている。
引っ越しの際に懐かしい物が出てきたので、この機会に閉鎖都市 巴里について書いておこうと思います。
注釈
この記事内では下記の内容は以下のように記しています。
設定資料集:都市の歩き方2 巴里、都市シリーズ資料本(巴里)
ベレッタ(1944):ベレッタの祖母であり、1944年当時の本来のベレッタ
女性主人公/ダブルヒロイン
川上稔作品は主人公の性別が奇数巻は女性、偶数巻は男性という法則があり、5作品目となる巴里は女性のターン。
発売前から女性主人公というだけで期待していた。何故か?川上作品の話の流れは、前半で今回の世界観とキャラクター周り、新しい概念の説明、中盤で主人公が悩み、後半は迷いを吹っ切った主人公がラストに向かって突っ走るという構成になっており、中盤からラストへのノンストップの疾走感が心地よくて好き。
そのため、中盤で悩みタイムによる溜めは重要……でも、男性主人公だとどうしてもうじうじしているように感じてしまう。必然的に女性主人公の方がしっくり来る訳である。(これ、今だとコンプラ発言かな?)
そして、どちらの性別の主人公であっても、ヒーローとヒロイン、主と補佐の区別が明確なのですが……今回はダブルヒロイン!明確な主人公はやはりベレッタですが、悩みと成長部分の大部分をロゼッタが担う事で、ベレッタが悩みながら前に進むことができています。
ロボット
都市シリーズは世界観を共有しつつ、毎回新要素が追加されます。まるであたかもフレームワークに機能を追加するようです。
- 伯林:機甲紋章
- 倫敦:自動人形、異種族
- 香港:遺伝詞、風水五行、神形具、匪天
- 大阪:技能、神器
- 巴里:重騎
- 新伯林:強蔵式機械
香港だけ量がおかしい(笑)。デビューから追いかけていましたが本格的にハマったのはやはり香港から。女性主人公アキラと、とぼけた感じのガンマルとのこコンビもそうですが、風水五行や神形具の登場により、個人武装の範囲に落ち着いた事で小回りがきき、文章からイメージしやすくなりました。
設定がとても難解で、ストーリーは始まる前から終わっている感じ。半分も理解できていないのですが、その分、読み返した時に新しい発見があり、川上ワールドにどっぷりハマりました。
次のゲームにもなって人気の大阪ですが……個人的にまったく琴線に触れず。舞台が一都市ではなく日本全体で登場人物も多すぎたのかなー?と。
そして巴里は重騎。男の子が大好きなロボットです!機構的には伯林の戦艦が個人搭乗の歩行兵器になった形で、もちろん必殺技的な凌駕紋章(オーバーエムブレム)も引き継がれています。
遠距離兵装もあるのですが、集団戦になりきらず個人の力量で戦局が大きく変わります。今作では成長過程がロゼッタに委ねられている分、主人公であるベレッタの力量は最初から100であり、凌駕紋章も発動可能。
人の体を義体化する事で機械への順応性を高めるP計画(パンツァーリッター)、自動人形を人に進化させる事で騎体の性能を引き出すA計画(アティゾール)、対となる2つの計画も物語に大きく関わります。
書簡体小説
文字情報によってのみ存在が可能となる都市という舞台設定なため、閉じられたデータベースでテキストチャットとログを見る事で成立するイメージとなります。
登場人物の日記や手紙の往復でのやり取りによる”書簡体小説”の形式となっています。設定資料の作者のコメントによると「赤毛のアン」や「あしながおじさん」がモチーフらしいのですが、何も知らないロゼッタの日記がひらがなから漢字、一人称、三人称へと変わっていく様は「アルジャーノンに花束を」のチャーリーを思い起こさせます。
基本的に詞認筆(サインと読む)による登場人物の主観の転換によって綴られていくのですが、それだけでは分かりにくいので、事実を確認する加認詞(ポイントと読む)という要素が加わることによって、全体を俯瞰してイメージしやすくなっています。面白いのは加認詞を行っている間は、詞認筆ができない事。戦闘中に加認詞ばかりしていると、その間行動が止まってしまいやられてしまいます。周囲や手順を先行してイメージしたロジカルな思考が求められるという事ですね。
あらすじ(上巻より)
文字情報によってのみ存在が可能となる都市ー巴里。この都市は最も安全に己の情報を作り、秘め、発信するために、数百年結界を張っていた。
しかし、第二次世界大戦中、独逸軍の言詞爆弾の爆発により、時空の連環が生じ、巴里は1944年の1年間を繰り返す二重に閉鎖された都市となってしまった。
そして時は現在ーー。米国から重騎師の訓練を受けたベレッタは、曽祖父が残したアティゾール計画を探るため、留学生として1944年の巴里へと旅立った。
はたしてベレッタという異分子を受け入れた巴里はどう変化していくのか?独逸占領下の巴里が解放され、連環が消失した時、世界に訪れる真の危機とは!?
登場人物
ベレッタ・マクワイルド
金髪元気娘。「異邦人」、米国からの留学生というだけでなく、1998年現在の連環の外から来た為、巴里が辿る1944年の1年間の歴史を事実として知っている。
今までの内向的で控えめな主人公とは、一線を画して明るく外交的なキャラクター。他人からは気楽に生きているように思われがち。(本心はそうありたい)自律しており、二重の意味で異邦人なため、本心に触れられると戸惑ってしまい上手く甘えられない。巴里は1944年8月6日になると1年後に巻き戻ってしまうため、積極的に他人と関われない部分も大きい。
そんな彼女が歴史に登場しない自動人形であるロゼッタは唯一心を許せる、積極的に関われる人物だったわけです。
ロゼッタ・バルロワ
金髪自動人形メイド……この時点でもう好き(笑)、性格はおっとりした感じ。色々と知った後もその部分は変わらないと思われる。
都市シリーズの自動人形は「コッペリア効果」という、人である事を強く望んだ時、自身の機能が人化していくという特徴を持ちます。例えば関節や皮膚が人のようになっていく。
しかし、主人であるギヨームはロゼッタを進化させようとはせず、機械として扱います。これは機械との相性がいい自動人形を人に進化させる事で騎体の性能を引き出すA計画(アティゾール)が失敗だったためです。人化すると思考も人間に近づいていくため、自身が戦闘兵器であるという呵責に耐えられず自殺しまうという重大な欠点を持っていました。
ベレッタも当初は距離をおいて接していましたが、ロゼッタに「人間になりたいか?」と問いかけ、ロゼッタが「はい」と答えます。そこからベレッタもより積極的に関わっていき、ロゼッタは急速に人間に近づいていきます。そしてA計画の真相を知り、先代人形たちの運命を知り、悩み嘆きます。
彼女が人間になることを望んだのはベレッタと対等な立場になりたかったから。川上作品に置いてこの「対等になる」という事は大きな意味を持ちます。ヒーローとヒロイン、主と補佐に明確に別れた立場から、主に補佐的な側から投げかけられた言葉が対等になった時に、立場を逆転して返されます。
伯林「ついてこれるか?」
新伯林「あなたがあなたであるように」
巴里「そういうものよ」
これまでの作品では対等になった後は、横に並んで歩いていく感じでしたが、ロゼッタは対等になっても一歩引いてついていくのでは?と思ったりします。
フィリップ・ミゼール
元巴里守護機師だが、独逸軍の巴里占拠時には戦わず降伏し、あろう事か独逸軍に入隊している。そのため、巴里市民からは裏切り者として距離を置かれている。だが、その実レジスタンスの一員であり、軍内部から情報を探っていた。
巴里蜂起戦においてハインツ・ベルゲに戦闘で敗れ死亡。出番が非常に少ないため、どういう性格だったか覚えていないのだけど、物語の中心人物であるという事。
ハインツ・ベルゲをあわやという所まで追い詰め、それがきっかけでベルゲが機械化して最強に近づいたはずの自分に疑問を持つようになった。
二人のベレッタに深く関わっており、それぞれにかけた言葉は違います。
To ベレッタ(1944)「逃げてくれ」
To ベレッタ「戦い続けてくれ」
彼の言葉に従い巴里を脱出したベレッタ(1944)は、連環に巻き込まれなかったが、後悔し続け自身の消滅を踏まえた上で連環を止めるためベレッタを送り込んだ。
そしてベレッタが彼の子どもを身ごもった事で、ベレッタが連環の消失、巴里の解放を強く望むきっかけとなった。
マレット・ハルキュリア
行動が派手だけど面倒見がよいまとめ役。設定資料集では初期プロットからフィリップは出番が増え、マレットは減ってしまったとありますが逆の印象。
彼女が居なければ、ベレッタは他の学生ともっと距離があって浮いていただろうと思います。ベレッタとは最初から対等で二人の距離感を見て、ロゼッタもそう在りたいと望むようになりました。
ギヨーム・バルロワ
中年オヤジ。元王宮守護機師。ベレッタ(1944)の父、ジャック・マクワイルドとは親友で彼と共にA計画(アティゾール)を進め、自動人形への戦闘教育係を担っていた。当時の重騎は複座式であり、ハインツ・ベルゲと対峙するも凌駕紋章(オーバーエムブレム)の発動を制御しきれず、その隙をつかれ自動人形”銘無しの彼女”と片足を失う。
ベレッタ(1944)の母、ロゼ・フランシスカから連環の事実を知らされており、ベレッタが別人である事も気がついている。レジスタンスのリーダーをしつつ、ベレッタを支援する。人に進化させぬよう接していたロゼッタをベレッタに任せたのは、彼女に会うなりロゼッタが微笑するようになっという理由のみ。
余談ですが、今回の記事を書くにあたり、懐かしさはあっても客観的に振り返れていたのですが、”銘無しの彼女”という文字を見た時、何故か涙が出そうになりました。ジャックに宛てた投函しない手紙といい、私の泣き所を上手くついてくるキャラでした。
ロゼ・フランシスカ
ベレッタ(1944)の母、ジャック・マクワイルドの妻。ベレッタからは祖父母にあたる。
風水能力から未来を予知することができ、1944年8月6日以降の未来が見えないことから閉鎖の連環に気づく。風水の儀式により、連環が起きる直前に自殺することで時間が巻き戻っても記憶を保つことに成功した。しかし、閉鎖の連環を止めるためには、ベレッタの来訪を待たねばならず、繰り返される時間を何もできず待つのは相当きつかったはず。でも、そんな弱みは見せない。
ジャックがA計画(アティゾール)に参加し、兵器開発に関わってしまった事から、ロゼは家を出て疎遠になったままであった。意を決したジャックが会いに行く前に宛てた手紙を渡せなかったベレッタ(1944)がベレッタに託したのが物語の始まりである。
ロゼは手渡された手紙を読むことなく自殺を図る。連環の解放に失敗したら記憶は引き継がれ、成功したらベレッタ(1944)が消失してしまうので、どちらになっても自分には読む資格がないと思っていたようです。ベレッタはロゼが連環が起きている事実に気がついていることを知らない。
手紙の内容は「必ず会いに行きます」だったかな?
エンディングはロゼが手紙を読んだシーンで締められるので、彼女が何を思ったかは語られない。
ハインツ・ベルゲ
独逸軍の騎師。人の体を義体化する事で機械への順応性を高めるP計画(パンツァーリッター)の被検体に志願した。全身義体のサイボーグで、オリジナルは脊椎と脳、神経系の各部と右目のみ。戦闘に関係のない記憶と感情は消去済み。
機械に近づいたことで特に思考速度が上昇しており、戦闘中は「思考速度を10倍に加圧」のような描写で文字情報のみの巴里と相性が良く、強さがとても分かりやすい。相手がどれだけ奇抜な動きをしたとしてもスローモーションのように映るという事。そして自身は超反応速度で音速超過の俊敏性を持って動く。
唯一の弱点として感情がない故に凌駕紋章(オーバーエムブレム)が使えない事……だったのだけど、終盤に記憶と感情を取り戻し、思考速度を上昇させたままで、凌駕紋章を使ってくる反則じみた強さを見せます。
さすがにベレッタでは敵わないて事で、対をなすA計画(アティゾール)のロゼッタが対峙する訳です。どちらも「最強の騎師」を目指した計画ですが、「騎師とは人々を護る者」という根底は一緒だったと思います。
感情がない分、A計画や物語の真相にガンガン踏み込んでいくので、作者的にはさぞかし動かしやすいキャラだったんだろうと思っていましたが、設定資料集によると苦労したようです(笑)
女剣士

ベレッタ(1944)。ベレッタの祖母であり、閉鎖の連環が始まる前の1943-44年を過ごしたオリジナルのベレッタです。設定資料集を初めて読んだ時、うわ、そこ触れてくれるんだ!と興奮したのを覚えてます。
何故二人のベレッタが存在することになったのかを紐解くと、実は初期プロットでは、閉鎖の連環は削除され、言詞爆弾を止めて巴里解放のみだったとの事。
フィリップと恋仲であり、巴里蜂起戦に一緒に参加した事から、ミゼール家の象徴である剣を含んだコードネーム「女剣士(ソードレディ)」を冠しています。
蜂起戦で敗れてフィリップの「逃げてくれ」という願いを聞き入れ米国へと渡ります。しかし、その後、巴里は言詞爆弾の空間歪曲の影響で閉鎖の連環に囚われ、巴里からも恋人からもベレッタ(1944)の存在は抹消、残された恋人は1943-44年の1年間を繰り返している。それを外の世界から54回見続けなければならなかった。
年々外部からの侵入により強固になっていく巴里の免疫機構、それに対し巴里が持つ独自技術や情報を抜き取れるだけ抜き取って見捨てようとする外部世界。彼女の無念が巴里の繰り返される1年を経る度に執念へと変わっていったのでしょう。
しかし、同じ名を持つベレッタには、真相を打ち明けたのは終盤で、命令でもお願いでもなく”託した”という所がぐっときます。自分と同じベレッタならそう動くであろうと。
この事から個人的に二人のベレッタはまったく同一で違ったのは立場だけだと思います。ベレッタ(1944)が連合軍の工作員でなければ、逃げてくれと言われても、一瞬躊躇した後、共に戦うことを選んだと。
物語の決着に必要なこと
- 巴里解放
- 閉鎖の連環を止める
2つの大きな問題と立ちはだかる強敵ハインツ・ベルゲを何とかしなくてはいけないのですが、今回はダブル主人公、ダブルヒロインなので分担できて安心です。
最も重大な課題である閉鎖の連環を止める事は条件が揃っているため、難しくはない。
「1944年に脱出したはずのベレッタ・マクワイルドが再び巴里に居ること」
一度外に出た者は二度と入れないという免疫機構の矛盾を証明するだけです。しかし、それには2つの懸念点があります。
- 1998年の現代に1944年の巴里が出現すると時系列がおかしくなるため、整合性を取るために外部世界が1944年に逆行する。
- 整合された世界では、ベレッタ・マクワイルドは一人しか存在し得ないので、ベレッタ(1944)が消滅してしまう事。
1つ目は世界が消えるわけではなく、在るべき姿に戻るだけ。2つ目がとても重く、ベレッタ(1944)は慙愧の念を込めて、自身の消失も含めて計画しています。
これをベレッタはよしとせず、別の解決策を打ち出します。その方法とは……何でしたっけ?(汗)、う〜ん、思い出せない。きっかけとなった言詞爆弾自体は爆発させてしまって、その時、人々が嘆きや絶望ではなく希望を抱いていればとかだった気が??ごめん、うろ覚え。ベレッタらしく何とかなるではなく、何とかする!と上手くやったのでしょう。
それよりベレッタの決断に至るまでに着目したい。今回ほどの条件が揃うことはもうないのは前提。それでもフィリップの死が確定してしまうこと。もしベレッタがフィリップの子を身ごもっていなかったら、解放の決断に至れたのか?
あまり悩まないベレッタが終始悩んでいたのは巴里という世界は特別。自分にとっても特別。でも、それは悲劇的な歴史の流れを知っているが故の同情なのか、それとも……。
それでもやっぱりこの世界で過ごした日々と出会った人たちがこの先も続いてほしいと願ったのでしょう。
終わりに
そんな訳で巴里でした。原作が手元になかったので、曖昧な記憶と設定資料集を読み返して書いた訳ですが……25年経ってもこれだけ語れちゃうという事は、紛れもなくマイベストな本。私を形成した作品です。
私自身は当時と今もあまり変わりがないのですが、過去を振り返る事はあっても、それに浸る事はなくなりました。
「過去と今、どっちが大事?」
「どっちも大事。対等だよ」
これが歳を重ねるという事なのでしょう。
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